佐久三十三番札所巡り
 会報「ちくま」の表紙を飾る佐久の名所めぐり、今回のシリーズは「佐久三十三番観音札所」巡りとなっています。 
会報発行毎に撮影会を行い写真を公開して行く予定ですので楽しみにしてください。
1番札所    釈尊寺          小諸市大久保2250
 行基創建と言う天台宗の名刹です。
牛に化身して信心の浅い老婆を善光寺に導き改悛させたと言う伝説
(牛に引かれて善光寺参り)があります。

断崖絶壁に建てられた懸崖造りの観音堂は一見の価値あり。
2番札所    東漸寺           小諸市滋野甲671
戦乱・火災等で貞和二年(1346年)第二十一世 専海住職までの資料
がなく、開基年代は不明。
伝によれば、平安時代後期第三代天台座主慈覚大師圓仁が
東国巡化の折に開基したと伝えられている。
初めは洞善寺と称していたが、正徳五年以降から東漸寺と称している。
3番札所    西光寺観音堂      小諸市西原402
以前、境内は地元の子供たちの一番の遊び場であった。
現在は、大きな茅葺き屋根の本堂はなくなり、小さな観音堂だけとなっている。
昔の賑わいはなく、静けさを感じる。
市指定の保存樹木「二本杉」は高さ20数メートルあり、地元の誇りでもある。
4番札所    真楽寺             北佐久郡御代田町塩野142
真楽寺の創建は用明天皇の時代(585〜587年)に浅間山噴火の
鎮静を祈願する為に勅願により開かれたのが始まりと伝えられています。
山門前にある大沼池の「甲賀三郎」伝説や、源頼朝が観音堂を寄進し
自らの厄除けを祈願したことから"頼朝厄除観音"との別称がある。
5番札所    長泉寺           北佐久郡御代田町馬瀬口
柵口神社のすぐ隣、旧北国街道沿いある。
かつては春彼岸の中日に寺に伝わる踊り念仏が行われたほか、
5月には観音まつりが開かれ佐久地方の馬方や農家の人々で
賑わっていたといわれている。
6番札所    安養寺           佐久市安原1687
創建は1365年頃。
寺には鎌倉時代後期の作といわれる阿弥陀如来・菩薩像三体や、
法灯円明国師座像など貴重な宝物が収められており、武田信玄が残したと
いわれる六百巻にも及ぶ『大般若経』が県宝に指定されている。
鎌倉時代に覚心上人が中国から味噌作りを伝えたといわれ、
『信州味噌発祥の地』ともいわれている。
7番札所  明泉寺           佐久市香坂西地2772
天長3年(826)に円仁(宗慈覚大師)が開基したと伝わる。
寺の背後にそびえる閼伽流山の「閼伽」は、サンスクリット語で「清らかな水」
を意味し、かつてはこの山から清冽な水が湧き出るとともに、仏道修行の霊地
として知られていた。明泉寺から山頂まで石塔が建てられ、崖下の観音堂や
鐘楼の脇には百観音石仏が立ち並ぶ。仙人ヶ岳は佐久平を一望できる
展望台となっており、佐久のパワースポットである。
8番札所  小倉堂           佐久市志賀下宿3200
平安朝初期天台宗慈覚大師が諸国を巡錫し、閼伽流山明泉寺と共に香坂川
を挟んだ小高い山「大閼伽流山」に観音堂と石仏を建立と伝えられている。
熊野山法禅寺が別当を務める小倉観音堂の本尊は、馬頭観世観音菩薩である。
山腹の高く迫り立つ崖の下に制作年の異なる数十体の石仏が祀られている。
石仏前の狭平地に崖壁を背に観音堂が建てられ地元民から
「小倉の観音様」と呼ばれ親しまれている。
9番札所  大林寺           佐久市平賀上宿5064
コスモス街道沿いの平賀城の麓に位置する尾瀧山大林寺。
本尊は釈迦牟尼仏、開創は慶長十二年(1607年)と言われ、
大林寺の末寺となる東明寺は大同元年(806年)開創である。
境内の観音堂には本尊の聖観世音菩薩が御祭りされている。
また、東明堂には永保3年(1083年)「南無阿弥陀仏」と刻まれた石仏が安置されている。
お堂の格天井に納められた釈迦来迎図の天井絵は見所である。
毎年8月9日には大林寺観音まつりが開催され、800を超える灯籠が参道を照らし、壮大な御焚き上げが行われる。
10番札所  大昌寺           佐久市常和2441
永平寺並びに総持寺を本山とする。
曹洞宗で、本尊は聖観音菩薩、木彫座像で座高1m余り。
寛永二年(1625年)東光寺旧跡に小庵が建てられ、大昌寺と改称された。
武田軍による戦火等三度の火災に堂宇は全焼したが、観音様は灰中にあって惶々たりと古文書にあり、
まれに見る貴重な佛像で古くより全国各地から多くの信者が参拝に訪れている。

11番札所    水落観音堂         佐久市臼田丸山
県道下仁田臼田線(田口峠)の登山口(標高810m)から水落観音(標高1125m)まで霊場に相応しい険しい山道を登る。
六丁から壱拾八丁まで路傍にある壱拾参石仏が道案内してくれた。
壱拾七丁石仏付近には獅子岩の巨石、さらに登ると城郭を思わせる大石積が現れる。
壱拾八丁石仏と崩れかけた石段の上に灯篭と観音堂、稲荷神社がある。
水落の名前の通り、そそり立つ岩壁の隙間から清水が滴り落ちてくる霊場。
12番札所    上宮寺            佐久市田口下宮代
佐久三十三番観音霊場第12番札所上宮寺は長野県佐久市田口下宮代に境内を構えている真言宗智山派の寺院です。
上宮寺の創建は伝承によると西暦600年頃上宮太子が開基したのが始まりと伝えられています。
当初は新海三社神社別当寺として新海山上宮本願院神宮密寺として神社の境内に隣接していました。
新海三社神社の境内にある国の重要文化財に指定されている三重塔は上宮寺の塔として建立された建物で
神仏混合時代の遺構として残されています。
13番札所   岩崎堂跡(遍照寺)        佐久市田口三分1058
岩崎観音堂は、十三番札所で、建立年月日は不明である。
1711年に山崩れ、1723年に焼失し、1773年に再建されるも、1797年に再び山崩れにより大破、1820年に改築されたが、
1940年(昭和15年)に落雷による火災にて焼失し、岩崎観音堂跡として現在に至る。
14番札所    千手院        南佐久郡佐久穂町平林263
佐久14番札所として、平林観音さまで知られている千手院は、天台宗に属し比叡山を総本山とし、
仁寿年間(西暦851年頃)第三世天台座主を勤められました慈覚大師「圓仁」の開基で、現在まで76代、1150余年の
法統を守る古刹です。山号を平林山、寺号を津金寺と称し、千手観世音菩薩を本尊とし日本三津金寺の一寺です。
15番札所    妙音寺跡         南佐久郡小海町親沢
16番札所    宮の平観音堂跡   南佐久郡北相木村宮平
17番札所   経の岩屋         南佐久郡北相木村経の岩
18番札所   熊野宮(松原寺)   南佐久郡小海町小海本村979
19番札所    医王院           南佐久郡南牧村海尻528
20番札所    (下の宮)弥勒寺   佐久市下越497
21番札所    熊野山          南佐久郡佐久穂町畑大門
22番札所    籠の宮          南佐久郡佐久穂町下畑
23番札所    布杭岩          南佐久郡佐久穂町下畑
24番札所    生往院          南佐久郡佐久穂町高野町
25番札所    桂宵寺          南佐久郡佐久穂町高野町2794
26番札所    医王寺(日影堂)   佐久市諏訪3713
27番札所    普門寺          佐久市上小田切239
28番札所    日向堂          佐久市根岸日向1387
29番札所    日影堂          佐久市根岸沓沢2804
30番札所    康国寺          佐久市春日2935
31番札所    蓮華寺          佐久市春日883
32番札所    福王寺          佐久市協和小平1054
33番札所    津金寺          北佐久郡立科町山部279